コラム

誰がためのIR? Factbook から導く学内コミュニケーション

2020年度は新型コロナウィルス感染拡大により緊急事態宣言が出され、大学はキャンパス閉鎖や対面授業の中止や遠隔型授業に切り替えを余儀なくされた大学が大半であったと思います。

この動きは大学のみならず教育活動そのものに対して大きな影響を及ぼしました。大学がクラスターとして感染拡大に繋がった事例も報道されており、このコロナ禍における混乱は収まる先が見えないと日々感じております。

さて、IRはこの状況の中でどのような意思決定支援をしてきたのかが気になります。

Saupe(1990)1)Saupe, Joe L.(1990)The Functions of Institutional Research 2nd Edition, Association for Institutional Research.による定義「IRとは機関の計画立案、政策形成、意思決定を支援するための情報を提供する目的で、高等教育機関の内部で行われる調査研究」がよく用いられますが、IR実務を担う筆者の経験に照らし合わせると、この定義は実情に合致します。

この状況下で適切かつ適時に、IRは大学内の教育・研究・経営等の諸活動を、組織体として全体最適を図るため、経験や勘も頼りに、現場のファクトからエビデンスを構築し、執行部の意思決定支援をする大学機能の総体であると筆者は考えるからです。

話は変わりますが、筆者の勤務する大学では、2019年度に構想から2年を経てFactbookの作成をしました。学外に公開する部分と非公開の部分がありますが、Factbookはにより学内ではデータに基づくコミュニケーションの一助となっと感じています。

IRが分析に留まらず、これまで部局が保有していた情報を集め、数値からグラフ等に変換することで、これまで部局で独立していた情報資産を大学の資産として統合し、そこから得られた情報を基にエビデンスを構築し、IRが情報による組織内コミュニケーションを促進する一役を担うことができているのです。

ポイントは、構想に2年の時間を要していることです。法令に基づく情報公開や基幹調査、回答義務のある官庁等からの調査(大学基本調査や学校法人基礎調査等)は組織内で当然の合意を得られ時間を要することはありませんでした。

しかし、それ以外の基礎的な情報については、部署による定義の違いのほか、部局におけるデータ管理の属人化、異動や退職によりデータを根拠づけるエビデンスを欠いているなどの問題点が散見され、調整に2年間という時間を要したのです。いうなれば、このくらい時間をかけて、じっくりと組織内のデータに関するコミュニケーションを醸成していく必要があるということなのです。

大学はより良い教育の提供と研究力の向上の両立が必要です。とりわけ私立大学は、教育・研究を支えるために経営基盤と教育・研究への資金投入をバランスよく行う必要があります。つまり、教育・研究・経営は相互に影響し合い、有機的に接続しなければならないのです。そのため大学は「正しい」情報を集約し、大学内外のサーバーにあるDWH(データウェアハウス)に適切に配置されます。

大学の「正しい」情報は、「必要な人に必要なデータを適切かつ適時的に渡し意思決定を支援する」ことが望ましいでしょう。筆者があえて「正しい」と付したのには理由があり、IR担当者を含めた大学情報を取り扱う教職員が、情報を「正しく」収集・補完・提供・説明することが重要だからです。

この「正しい」情報を集約する1つの解決策が、コモン・データセット(CDS)であり、大学は、CDSにより、保有する情報を同一の様式に載せ、誰でも取得でき、比較可能な形で公開することができるようになります。

J-CDSプロジェクトはこの日本版コモン・データセットを構築する試みです。このようにCDSを定めておくことで、大学の基礎的な情報は集約され基幹調査への対応の迅速化、なによりも現状を正しく把握し意思決定支援の支援が可能となります。

少なくとも、筆者の勤務校ではFactbookの作成によりデータ提供依頼や、会議等に冊子を持ち歩く役職者が散見されるようになったことは、IR担当者としてエビデンスに基づくコミュニケーションが少しずつ進んでいるという組織文化の変化を感じています。

さて、話を冒頭のコロナ禍のIRに戻します。

カリキュラムの体系性・順次性は、各大学でそれぞれ議論がなされていると考えられます。しかし、遠隔型授業により授業の「課題が過大かつ課題」として報道されていることを目にする機会が増えました。時間外学修時間を含め大学設置基準に基づく単位の実質化という観点からは、授業外学修時間が「適切に」課されているのであれば、実はこの取り組みは学修者の自律的な学びを促していると考えられます。

しかし現実はそうなのでしょうか。今回のコロナ禍における遠隔型授業化は、急場しのぎで対応をせざるを得ない状況にあり、学位プログラムごとの体系性・順次性やその授業科目における学修成果を達成しうる内容であったのかは正直疑問が残ります。

IRを担当するものとして、夏休みを前に、学生調査や教員への調査結果に注目し、耳を傾け、経営状況等も加味しつつ学修者が安心して学べる環境を構築するために情報収集・分析による教育研究活動全般への意思決定支援を担っていきたいと思います。そしてJ-CDSがそのような際に機能するものであることを望みつつ新たなフレームワークとなることを期待しています。

(東北学院大学 齋藤 渉)

References   [ + ]

1. Saupe, Joe L.(1990)The Functions of Institutional Research 2nd Edition, Association for Institutional Research.