コラム

大学情報論?大学広報論?!

キャリア迷子・リカレント迷子

 昨今リカレント教育が高等教育政策として声高に叫ばれています。筆者は2011年から2013年の期間に私立大学に事務職員として勤務しながら社会人大学院生として学んでいました。社会人大学院生の苦悩あるあるかもしれませんが、大学院修了後、学んだことを職場で活かすことが本当に難しかったです。

 いわば、高等教育論の専門的知識を小脇に抱えた状態で、日々総務課員として代表電話で営業をやんわり断ったり、式典の準備やレセプションをしたり、文房具の消耗品を注文したり、伝票処理したりしているのですから。筆者もそうでしたが、知人・友人の中にも社会人大学院修了後、学びと現業のギャップを埋めるのに苦心し、これから何をすればよいのかわからなくなったり、漠然とした不安に押しつぶされないようにひたすら資格、英語、履修証明プログラム等に励んだりしている方がいました。このような状態はキャリア迷子ともいえますし、リカレント迷子ともいえるでしょう。

 このように、リカレント教育と現業の着地点は、本人も組織も人事も管理職も先輩も同僚も後輩も、みんなよくよく考えておく必要があるなと痛感しました。このようなキャリア迷子・リカレント迷子となった私は、なぜか大学院での学びから敢えて離れようとしていきました。大学院での学びから離れた先にあったのが、社会貢献活動・ボランティアでした。終業後の時間と休日を使って、これらに取り組むようになりました。当時住んでいた横浜市内で色々探してビビッときたのが、児童養護施設出身者の就職支援を中心に行うNPO法人でした。

「難しい」言葉は世の中に広まりにくい

 このNPO法人はフェアスタートサポートといいます。はじめは、横浜市にある児童養護施設のパソコン教室運営のボランティアとして参加し、徐々に法人の事業計画策定の支援やイベント運営などにも参画させていただくようになりました。現在は法人の理事を務めています。当時は気づきませんでしたが、今振り返ると大学職員の仕事、大学院の学び、NPO法人のボランティアの各点が線で繋がっていました。つまり、それぞれの場で得た学びという糧を、その場その場で転用・援用していました。キャリア迷子・リカレント迷子になったら、一度現状から「逃避」、良く言えば「越境学習」してみることが大事なのかもしれないと思いました。

 教育は誰もが人生の内で何かしら経験し、関わってくるため、万人が「評論家」になりえるといわれます。それゆえに誰もが経験から持論を語ることもありますし、根拠なく無自覚に騙ってしまうことさえもあります。それゆえに教育に関する専門的知識を学ぶこと、エビデンス(根拠)を重視すること、自己の思考や発言を常に振り返る省察性などが求められると考えます。

 それでは児童養護施設をカバーする福祉はどのようになっているでしょうか。NPO法人の活動を通して感じた限りでは、世の中にあまり知られていません。次のようなことを法人のボランティアとして関わるようになった初めて知りました。

 保護者のない児童、被虐待児など家庭環境上養護を必要とする児童などに対し、公的な責任として、社会的に養護を行う「社会的養護」。

 現在、児童養護施設や里親家庭を中心に、日本全国において、約4万5千人の子どもたちが「社会的養護」のもと生活をしています。
 特にその中でも、日本全国に約600の施設があり、約30,000人弱の子どもたちが生活をしている児童養護施設は、家族に代わり子どもを養育する社会的施設で、明治期に孤児院や養護院などとして出発しました。
 戦後は戦災孤児の受け入れが主でしたが、現在では親がいない子ども達以外に、虐待や放置など不適切な養育を強いられた「家庭で暮らせない」子ども達も預かり、安全で安心な環境での養育とともに、自立も支援しています。
 また、家庭的な養育を担う里親家庭は、現在登録数は11,000を超え、約5,000人の子どもたちが生活をしています。
 児童養護施設や里親家庭が、対象となる子どもたちをいつまでも養育し続けられるかというと、決してそうではありません。
 現状では、多くの若者たちが高校を卒業するタイミングで社会的養護から巣立ちます。
 そして金銭的な事情もあり、約7割の若者たちが高卒時に就職を選択し、社会人として生活していく選択肢を選びます。

フェアスタートについて「解決したい社会課題」http://fair-start.co.jp/about(2020年3月1日閲覧)

 ある時フェアスタートの社会的認知を高めることを目的に、法人パンフレット作成プロジェクトが立ち上がりました。そこには、大手有名企業やコンサルタント会社に勤務するプロボノが参画し、活発な意見交換を行いました。誰もが第一声「難しい」といい、頭を抱えました。

 ここでの難しさには二つの意味があります。第一に社会的養護や児童養護施設などの福祉の難しい概念や専門用語を世の中にわかりやすく伝える難しさ。第二に、平易な表現にすることにより、事の本質を伝えきれない・誤って伝えてしまう可能性があるという難しさです。

 さて、このような(1)教育の万人評論難(誰もが適当に評論家きどりで語る困難)と、(2)福祉の膾炙人口難(世の中への伝達と世の中の本質的理解の両立困難)を踏まえて大学教育はどのような状況であるといえるのでしょうか。おそらく(1)(2)双方の問題を抱えている状況だと思います。

新しい研究領域としての教育広報論(試論的私論)

 J-CDSプロジェクトは、大学教職員・学生が草の根活動として、大学情報の共通データ様式である日本版コモン・データセットを構築することを目指しています。実は、このプロジェクトではいくつかの困難に直面しています。ざっくりと4点あります。

  • ①大学を対象にした調査負担が、社会的課題にまで昇華しない点
  • ②マスコミ・政府等に働きかける力が十分にない点
  • ③先導的プロジェクト(イニシアティブ)として各大学を巻き込む力がない点
  • ④アメリカCDSをそのまま日本に転用できない点

 これら4つの点は、プロジェクトを実践研究活動として約2年間進めている中でわかったことです。はじめは、アメリカCDSを翻訳して、日本版の大学情報の共通データ様式であるJ-CDSを作れば解決だろうと思っていたのですが、そう単純ではありませんでした。様式を整えればよいという制度的な問題よりも、大学情報を中心とした相互作用的な組織・人的な問題、つまり大学情報の広義のコミュニケーションの問題を解決することが重要だとわかってきました。

 それでは、どうすればよいか。試論的私論としては、情報に着目した大学情報論というよりは、大学内外のコミュニケーションに着目した大学広報論という学問領域を掲げて、実践や研究活動を積み重ねていくことが一つの道ではないかと考えています。そこでは、広報学や行政広報論などの先行する研究知見を援用していくことができるものと考えます。

 キャリアプラトー(キャリアの停滞状態・プラトーは平地や高原を表す)ならぬプロジェクトプラトーに気づいて、あえてルートを変えて険しい山道を登り始めようかなぁと個人的に考え始めています。

(新潟大学 上畠洋佑)